執権政治
源氏の正統な継承は4代で尽きます。その後は、東国の武士団の有力者たちによる「合議制」に移っていきます。その「合議制」の中でも勢力争いがあり、生き残ったのが、頼朝の妻「北条政子」の父「北条時政」でした。「北条時政」は、朝廷からは認められず将軍にはなれませんでしたが、自らは「執権」となり、政治の実権を握り、摂関家からお飾りの将軍を迎えて、幕府の形を保つ道を選びました。
将軍になれるか、なれないか。
東国の一武士団の北条氏は将軍にはなれませんでした。貴族の血筋でもなければ、源氏の血筋でもないからです。室町幕府や江戸幕府を開く時も、朝廷の認める(源氏の)血筋は重要だったのです。
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