聖徳太子
「十七条憲法」「冠位十二階」「随との対等外交」など、日本の歴史の教科書に必ず出てくる「聖徳太子」ですが、実在したかどうかも怪しいという学説があります。「十七条憲法」「冠位十二階」も六世紀の産物ではなく、後世の知識人の影響が見られるという指摘もあります。確かなことは、この推古天皇・聖徳太子の時代に日本に仏教が取り入れられ、政治体制が一層強固なものになったということです。
遣隋使
聖徳太子は、西暦607年に小野妹子を遣隋使として派遣しています。翌年に隋から国使として裴世清が来日。日本と隋の国交が成立しています。いつの時代も国際交流は大切なのです。
このページに対するコメント
ざいーど 2012-09-19 13:30
日本の首相が聖徳太子のようなデキル人間だったら、外交問題もすぐ解決するんだろうなぁ
葉美銅鑼 2012-09-19 13:31
仏教で政治が強固になる意味がわからないんですが。
ナミ 2012-09-19 13:32
聖徳太子って、昔のお札になってたよね?平成生まれだから実物は見たことないけど。
